うつ病の原因は母親!?反抗期を22歳で迎えた私の不思議な親子関係!!

 

こんにちは、ロジャーです。
今回は、母親との関係に悩み、
うつ病を経験した読者さんの話をシェアします。

俺自身も、母親との関係には
悩んだ経験があります。

まあ別に嫌いとかでなくて、
むしろ感謝はしているんですが、

過干渉だったり、心配性だったり
息子の立場からすると、

うっとおしい存在に
なってしまうこともあります。

特に、俺が
会社を辞めて起業する!と決めた頃は
親と平和な関係を築くのが難しかったですね。

今でこそ、
自分でビジネスをやるようになって
稼いで生きているので良いですが

やっぱり親からすると
起業なんて怪しい、危ないという
偏ったイメージがあったようです。

まあ、俺の親に限らず
起業なんてリスクあるからヤバイ!!と
思っている人が多いですが

実際は、そんなことないんですけどね。
それは勉強すればすぐにわかります。

 

で、早速、本題です。

今回の体験談を聞かせてくれたのは
ハンドルネーム、山田つばめさんです。

しんどい思い出なのに、
母親との関係に苦しんだこと話してくれました。

同じような境遇の方には
絶対に役立つ話が盛りだくさんなので
ぜひ最後まで読んでみてください。

では、ここからは
つばめさんのお話です。

ーーーーーーーーーーーーーーー

私にとって親は大切な存在ですが、
超心配性なところが重くて仕方がありません!!!!

 

私は友達や知り合いから

「親子仲がいいよね」
「友達みたいな親子だよね」

って言われていたので、
仲良し親子を演じていました。

 

友達みたいな親子って、
特に母親は憧れるんですよね。

 

そして文字通り、
親の背中を見て育った娘だったので、
親にとって私は、自慢の娘でした。

そんな喜ぶ親を失望させたくなくて、
自分の欲望を押し殺して過ごしていました。

 

でも、ある日気付きました。

「私の人生、
 親に捧げ過ぎ…!?」

 

気付いたら、
うつ病と診断されるような状況にまで
発展してしまい、私は決意しました。

 

「こんなバカげた茶番は終わりにして、
 私らしい生き方を見つけてやる!!!!」

 

今回は、反抗期を22歳で迎えた、
現在28歳主婦の話です。

 

うつ病になって自殺まで考えた俺が今は「うつ病に人生救われた」と思うワケ

 

母親と私の不思議な関係

私という存在は、母親にとって
母のクローンという認識だったそうです。

 

これは小学校低学年の頃から
言われていたことでした。

私は20歳まで、この言葉を信じて、
母の望むような大人になろうって本気で思ってました。

 

これ、超あぶない思考なので、
心当たりがある人は注意です!!!!

この時点で、洗脳されてますからね。

 

私は母親が正しいとすること
基準に生きていました。

 

価値観は母親に準ずることが絶対だったので、
私は母親がOKすることだけをし、母親の顔色を伺っていました。

 

その結果、社会人になる頃には母親だけでなく
「他人の顔色を伺いすぎる」人間になっていて、

指示待ちロボットってバカにされたりするような、
自分で考えて行動することができない人間になっていました。

 

しかし、母親との関係は、
私が結婚したことで変化し始めました。

 

母親はヒステリックになりやすい性格ですが、
冷静になれば頭のきれる女性です。

 

私が母親の存在で生きづらいと思っていることに、
薄々気づいていたようでした。

 

現在は、お互いに
適切な距離感を保てるよう試行錯誤しています。

 

父親と私の関係 実は私…

突然ですが、私はファザコンです。

 

父親は過度な心配性でしたが、
基本的に根は優しく不器用な人でした。

将来は、
父親みたいな人と結婚する!と決めていたんですが、

実現しました!!(笑)

 

こんな感じで、
自他共に認めるパパっ子ですが、
時には、めちゃくちゃしんどい存在でもあります。

 

好きすぎるが故に、
実家の人の中では一番しんどい存在かも…⁉︎

 

結婚し、離れて暮らしてからも、
「こうしなさい‼︎」と夫婦生活に口出しされることがあります。

 

今は、夫とも沢山話し合って生きているので、
父から口出しされると、
夫の考え方も否定されているようで不快になります。

 

正直に言えばいいのですが、
父親も悪気があるわけではないとわかっているので、
傷つけたくなくて言えないんです…。

 

その結果、嫌いになりたくないから
距離を置きたい存在になりました。

親と娘という不安定な関係性

長女だった私は、
親にとって初めての子育てだったこともあり、
親娘関係がとても不安定だと今でも感じています。

 

何をするにも「そんなこと、やめた方がいい」
という否定が最初に来るので、成人してからは
少しずつ親に隠し事をするようになっていました。

 

カウンセリングで医者からも言われましたが、
過干渉な親ほど自分の価値観から逸脱することを嫌い、

自分の知らないこと=悪いこと

という極端な跳躍をしてしまう傾向があるそうですね。

 

そうすると、
私が自分のやりたいことをやっても、
親はどんどん不機嫌になっていく。

最悪の場合は責められる。

 

仕事も趣味も、
自分で考えてやりたいことをやってるだけなのに、
親から責め続けられると、
少しずつ自分の思考に自信が持てなくなってしまうんですよね。

 

「私が考えること=ロクでもない」
みたいな方程式ができあがっていくんです。

 

そうすると、
自分の意見を言っても反対されるんだ
って考え方が強くなって…

お仕事方面でも積極的に発言できなくなって、
誰かの言うことに賛同するだけになる。

 

こういうことが積み重なって、
なんとなく自分に自信が持てない人
っていうのが板に付いてきてしまうんですね。

 

さらに地獄なのは、
この自信を無くした状況を見計らって、
親が「ほらね、私たちが言った通りでしょ」
ってドヤ顔してくるんですよ。

 

そんなことをされ続けたことによって、

自分で意識していないと
「親の言ってることを信じればいいんだ」って
ロボット人間に逆戻りしてしまうのが怖かったです。

 

親は、自分たちの常識という柵の内側で
娘を囲っておくことで安心する。

 

私は、長年の刷り込みで
「親に反抗したらバチが当たる」
という目線で物事を見てしまう。

 

ここに本当の信頼関係なんてないので、
娘に自我が芽生えるに従って、
基礎の部分がドンドン不安定になります。

 

人生やり直すためにやったこと。それは断捨離!!

私は社会人になって3年目を迎える時、
自分に起こっているあらゆる事が許容量を超えてしまいました。

色んな出来事が重なっていたのですが、
上司からのイジメで退職したことが
トリガーになって逃避行しようと決めました。

 

それまでの私の部屋は、まさに汚部屋。

基本的に会社から帰ってからと休日は、
常に酒浸り状態だったので、文字通り酒瓶が転がってる部屋でした。

 

生ゴミはありませんでしたが、
洗濯後の服と漫画で床が見えない惨状。

こんな醜い状態を、
他人に見られるのは恥ずかしい!
という羞恥心は、まだ残っていました。

私は逃避行する前に、
親や警察に見られて困るものや、
処分するのに手間がかかる物は、
身辺整理も兼ねて断捨離をすることにしました。

その時に親や友達から
プレゼントとして貰ったものも、
遠慮なく捨てることにしました。

 

ロフトベッドも、コレクションしていたものも、
会社に着ていった服も、大量に捨てました。

 

特に親から「置いておきなさい」
と言われるものは積極的に捨てました‼︎

 

粗大ゴミを出す時は、
文句を言う母親に手伝ってもらいながら、
持ち物の7割を手放し、新たに購入したものは1割ほど。

 

完成したのは、まるで刑務所のような部屋でした。

 

家を出る時には
キャリーケース1つで移動できる程に減らし、

断捨離の区切りがつく頃には
「いつでも逃げられる」という気持ちになって、
精神的に実家から解放されました。

 

実家から解放されると、逃避行したい欲も治まり、
私は親がずっと反対していた接客業に転職しました。

 

接客業に反対していたのは、理不尽なクレームで
私が傷つくだろうという心配からだったのですが、
私は性格的にも人と接する仕事の方が向いていたのです。

 

それがよかったのか、
日常生活でも適度に余裕が生まれ、
転職して半年後に現在の夫と出会います。

 

ちなみに夫を一度だけ私の部屋に呼んだ事がありますが、
あまりにも物のない部屋に少し引いていたことは、

今でも忘れられません…苦笑

 

親子といえど、違う人間。

親子であっても、家族であっても、

お互いを一人の人間として尊重することが大切だと
私は常々思っています。

 

親が子供のことを心配するのは当たり前ですし、
正しい距離感を見つけるまで
時間がかかってしまうのも当然でしょう。

 

毎日のようにニュースで
物騒な事件を目の当たりにしていたら、
無理もないのかなと思うこともあります。

 

全てを親のせいにするのは良くないですが、
親子関係は子供の人間関係に直結する

といっても過言ではないと私は思っています。

 

私はカウンセリングに通うまで、
人と他人との境界線を引く
ということを知らなかったので、

私が相手のプライバシーを侵害してしまって、
関係が破綻してしまうということがよくありました。

 

当時の友人には

本当に失礼なことをしてしまった…
という気持ちでいっぱいです。

 

大人になってから出会う人にも、
距離感の取り方が下手な人がいたり、

私を思い通りに
動かそうとする人と出会う
こともあります。

最初は、
この人もきっと人生色々あったんだろうな〜、
とか冷静に考えながら関わりますが、

高圧的で、
すぐにマウント取ってくるような支配的な人の場合は

母親が重なって嫌な思い出がフラッシュバックして、
苦しい思いをしてしまうので
最近は早々に距離を置くようにしています。

 

他人同士は、特にお互いを
一個人として大切にしなければいけません。

 

親子関係で悩みのある人は、
人間関係を築くということにも不安があったり、
過去にトラブルがあって
積極的になれないということもあるでしょう。

 

でも、失敗しない人間はいません。

 

自分が間違った時には素直に謝罪して、
誰かから叱られた時は反省する心を持っていれば、
自分らしい人付き合いの仕方が少しずつ身についてきますよ。

 

自分のやりたいことを恐れずにやってみる

 

今回のテーマでもある「親子関係」でネット検索していると、
「アダルトチルドレン」や「毒親」といったワードの他に、
「境界性人格障害」などの精神疾患もバンバン出てきます。

 

こういう検索結果のシャワーを浴びていると、
自分は病気なんだってネガティブになって、
ズブズブ負のスパイラルに陥ってしまいます。

 

これは極端な発言ですが、
人間の考え方や行動って基本的になんでも病名に繋げられます。

 

生活に支障が出ているなら、
適切な治療を受けることが大事になりますが、

病名に振り回されて
パフォーマンスが落ちてしまうなら、
「自分は病気かも!?」と疑いながら
ネット検索しない方が健康にはいいです。

 

私も試行錯誤の途中ですが、
自分のメンタルについてオープンに話せる人と、
メンタルの事情なんて最初から気にしていない人間関係を作ることで、
自分のメンタルと対峙しない時間を作るよう意識しています。

 

私にとって、夫と高校時代からの友達は、
メンタルの事情はさておき、
私という個人とまっすぐ付き合ってくれる人です。

 

不調が出ればスケジュールを調整してくれますが、

「調子悪いの?じゃあ、
 とりあえず気晴らしに茶でもしばくか〜」ってノリなんです。

 

そういう人と一緒にいると、
強い不調が出ている時は自己嫌悪に陥ることもありますが、

調子が良くなっている時は、
メンタルヘルスなんて忘れていられるんですよね。

 

冒頭で話した「私らしい生き方」は、
まだ見つかっていません。

 

でも、「私らしい生き方」は、
自分のやりたいことを無意識にやって
山あり谷ありの人生を送っているうちに、

「なんか私っぽい人生だよな」って
振り返って気付くものだと考えています。

 

だから、
自分のやりたいことがわからない人も、
将来に不安がある人も、
あまり考えすぎないようにしましょう。

 

今は「とりあえず、やる!」ができなくても、
気付いた時には自分の状況が変わっていることもあります。

 

成功するのは大変ですが、
人間は必ず成長するものですよ!!

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というわけで、

母親との関係に悩んだり、
うつ病を経験したつばめさんのお話でした。

 

自分のやりたいことを
無意識的にやっていく

ってすごく良い言葉だと思います。

どんな人であれ、どんな状況であれ、
自分の行動は自分で決定する権利があります。

他人から命令されようと、
それを最終的に判断して、
自分の行動を決定できるのは自分しかいません。

 

他人や、家族から
自分の意見や行動を批判されたり、
バカにされたり、怒られたり、
押しつぶされそうなときってありますよね。

 

俺も、会社員時代にうつ病になったことや
自分でビジネスを立ち上げを通して、
仕事のストレスや上司からのプレッシャー、
起業することへの家族からの批判など

本当にたくさんたくさん
逆風を食らってきました。

 

でも、いくら逆風が来ようと

その風をまともに受けるか、
うまくいなせるかどうかってのは

自分の判断であり、自分の責任です。

 

一人の人間である限り、
その行動の選択権がある。

だから、
どんなことを言われても、
どんな意地悪をされても、
どんなお節介を受けようとも、

結局、
人生の最高経営責任者は自分です。

この記事を読んで頂いている方には
たとえ親から、何かしつこく言われようと

自分の人生を
自分の力で生きていって欲しい。

心からそう思います。

 

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