仕事のストレスで限界突破した僕の人生の選択

 

こんにちは、ロジャーです

今回は読者さんのお話をシェアします。
仕事のストレスで死にそう!という方には必見のお話です。

では、ここからは読者さんのお話です。

 

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今回は、仕事のストレスが
限界に達した僕がどんな人生の選択を
したか書いていこうと思います。

大学を卒業して新卒で広告代理店に
入社してから3年が経過しました。

それは、僕にとって
怒涛の3年間でした。

何度も入社と退社を繰り返し、
3年間で4社経験しています。

そんな僕がストレスでどん底に落ちて行き、
そこから踠き這い上がっていくまでの
人生をまとめたものになります。

・仕事のストレスで悩む日々が続いている方
・ストレスで吐き気や頭痛、動悸が毎日続いている方
・仕事に行きたくないと感じて転職を考えている方

に是非読んでもらいたい
内容になっていますので、
最後まで読んで頂ければと思います!

未来に絶望し労働環境に文句垂れる大企業社員だった頃の俺に送る過激な手紙

毎日職場に向かう度に嗚咽していた

僕は新卒で広告代理店に入社しました。

そこは従業員が僕を含めても
5名しかおらず、社長との
距離がすごく近い職場でした。

そのため、職場では
常に怒号が飛び交い、ティッシュ箱を
投げつけられるような環境で
毎日必死に仕事を覚えていました。

先輩から仕事を教えてもらって
その通りにやっても、机を蹴られて

「なんでそんなこともできねぇんだよ!」
と怒られ、

社長から教わったことも
その通りにやると

「そのやり方誰から教わったの?
 なんで自分で勝手にやるんだよ」
と言われ、

正直に社長から教わったと
言うこともできず

「すみません。すみません。。。」
しか言い返すことができませんでした。

この日々が入社して1週間後から始まり、
ついには

「できねぇなら朝早くやれよ」
と言われました。

当時通っていた職場までは
1時間30分以上満員電車に
押しつぶされながら行くため、

早く出るとなると他の人の何倍も
早く家を出なくてはなりませんでした。

そのため、言われた
次の日からは始発から行く羽目に。

このような日々が続き、
僕は朝仕事にいこうと準備を
しようとしている時から
嗚咽が止まらなくなりました。

職場のことを考えたり、
社長のことを考えるだけで
朝ごはんを全て戻してしまいそうに
なるほどの嗚咽が家を出て
電車に乗っても続く毎日を過ごしました。

下痢と嘔吐が止まらなくなった

嗚咽だけで済んでいたらまだいい方でした。
2週間、3週間とその環境にい続けると、
嗚咽だけで済まなくなります。

まずは下痢が始まりました。

電車に乗っているだけなのに、
緊張からお腹を下して何度も何度も
途中下車をしてトイレに
駆け込む日々が始まったのです。

そして、始業時間に近くにつれ、
針の時計までもが僕を罵っているのかと
思うくらいの幻覚に襲われ、
トイレで吐いてしまいました。

社長からの罵声が頭の中を
ぐるぐる回ってそれを感じる度に
トイレに駆け込んで

「すみません。すみません。」と
呟きながら嘔吐する日々が始まりました。

その時は、「自分が悪い」、
「できない自分だから言われて当然」
と洗脳すらされてきました。

そして、下痢や嘔吐だけでなく、
次の朝起きれなくなったら
どうしようと考えるようになり、
夜眠れなくなっていきました。

眠れなくなった身体は次第に
嘔吐と頭痛、動悸や腹痛と
様々な症状を引き起こして行きました。

 

そんな日々に耐えきれなくなってきた頃の
土曜日に「やっとゆっくり眠れる」と
安心していると一本の電話が。

それは社長からで、
「お前が作った広告が運用されていないから
いますぐ会社に来て運用再開させろ」とのことでした。

僕はその一本の電話で硬直してしまい、
しばらくの間動くことすらできませんでした。

しかし、会社に行ってお客様の広告を
運用させなければならず、
休日出勤をすることになりました。

しぶしぶ行くことにして、
準備を始めた途端に嗚咽と下痢が
始まって耐えきれなくなってしまいました。

でも行かないともっと怒られるし、
「行かなきゃやばい」と気持ちが
優ってヘトヘトになりながら会社に行きました。

そして日曜日の夜、
「明日怒られるんだろうな」とか
「明日行きたくないけど
 行かなかったらもっと怒られるしな」とか、
「ミスした翌日に寝坊するなんてありえないよな」とか

 

どんどんマイナスなことを考えてしまい、
その繰り返しが結局朝4時まで続きました。

「もう1時間しか寝れないなら
 寝ないほうがいいよね」と諦めました。

ついにベッドから起き上がれなくなった

会社の準備をしようと
ベッドから起き上がろうとすると、
なぜだか身体が完全に硬直してしまい、
ベッドから起き上がれなくなってしまいました。

「会社に行かなきゃ」
「あれをやって、これをやって、、、」と
やらなきゃいけないリストを考えてよし、
起き上がろうとしても身体が
思うように動かなくなっているのです。

夢でも見ているかのような感覚で、
でも必死に「会社に行こう」と思っても
なぜか涙が溢れ出てきて指先まで動かない状況に
なったことももちろん無かったので、
どうしたらいいのか分からないまま
時間だけが過ぎていき、
とうとう始業時間になってしまいました。

その時にやっと指を動かせるようになって、
副社長に

「連絡が遅れてすみません。
 身体が動かなくなってしまい、
 本日の出勤は厳しいです」

とメールを送りトイレに駆け込みました。

 

そこから何を食べても全て吐いてしまい、
飲み物を飲んでもそれも
全て吐いてしまう状態になってしまいました。

結局2、3日しても治ることはなく、
流石にやばいと思って
内科の受診をすることにしました。

その時に言われた一言が、
「あなたはここじゃなくて心を診てくれる
医者を紹介するからそっちにいきなさい」と言われました。

これが僕にとって
初めての精神科の受診でした。

精神科では、もちろん「うつ病ですね」
と言われましたが、

それよりも
「今まで頑張ったね。えらいよ。
今日からは自分に優しくね」と言われ
その場で号泣してしまいました。

僕は、心を社長や仕事に蝕まれ、
人としての考える脳みそが
上手く機能していないことに気づかされました。

精神科の先生からは、
「仕事はしばらくお休みして、身体を
ゆっくりでいいから治していこうね」と言われ、
抗うつ薬と精神安定剤、
そして睡眠導入剤を処方されました。

その時、初めて僕はこう思いました。

自分に優しくしてもいいんだ。
自分自身に対して強く当たりすぎていたんだな。

今の環境から逃げることを選択した

僕は、すぐにお母さんに電話をしました。
「ごめん。仕事行けない身体になっちゃった」と。

母は焦ることもなく、ただ

「あんたは頑張りすぎなんだよ。
 一回実家に帰っておいで。
 飛行機代は出すから明日にでも
 帰ってきなさい」

と怒ることもなく、
叱ることもなく受け止めてくれました。

そこでまた号泣して、
自分が不甲斐なく感じたのと同時に、
人の温かさを肌で感じることができました。

そして会社には診断書を出して、
休職という選択をしました。

人によってはそれは「逃げ」
であると感じるかもしれません。

社長は必ずそう思ったでしょう。

でも、人は限界突破すると
身体が動かなくなることを僕自身で感じ、
そこから逃げるという選択をしたことに
後悔はありませんでした。

症状はかなり深刻だったらしく、
実家がある札幌の精神科の受診も
必ずするようにと言われ、実家に帰りました。

実家では、何も無かったかのように
「おかえり」と言ってくれました。

その何気ない一言も僕は感情的になってしまい、
何も言わず泣き崩れてしまいました。

電車で空港に向かうときも、
飛行機に乗る時も吐き気を催してしまい、
何度も途中下車して機内では
嘔吐袋を3枚も使って
ようやく実家にたどり着きました。

そこからは正直何も覚えていません。

ただただ時が流れ、気付いた時には
「退職届」を出していました。

美味しいご飯を作ってくれる
母の味も、そもそも味がしなくて、

おかゆやうどんを食べた記憶はありますが、
全て吐いてしまったことくらいしか
本当に覚えていません。

後日母に聞くと、

「本当に覚えてないんだね。
 あのあと本当に何も食べれなくなって
 あんた救急車で運ばれて入院したんだよ」

と言われました。

僕はその事実も知らなかったくらい、
心も身体も追い込まれていたのだと
改めて感じました。

仕事はいくらでも見つかる

体調が良くなってきて、
ご飯もようやく食べれるようになった頃、
僕は仕事をしないとと衝動に
駆られる日々に追い込まれていきました。

誰も「今すぐ働け」とか
「早く仕事して給料もらえ」とか
言っていないのに、

幻聴が聞こえたような気がして、
焦って次の職場を探していました。

 

母がその姿を見て
「あんたはまだ早いと思うよ」
と言って来ましたが、

僕の中では
「早く再就職して遅れを取り戻さなければ」と
その心だけで必死に踠き苦しんでいました。

その時に思い出したことが、
大学時代にアルバイトをしていた
居酒屋でのワンシーンで、

いつも来てくれる常連さんが
大手アパレルのマネージャーさんで、

「良かったらうちで働かないか」
と何度も言われ名刺を
もらっていたということでした。

僕はすぐに連絡をとって
正社員で雇ってくれないかと話しました。

しかし、当時は正社員の募集はしていなくて、
契約社員での雇用でした。

僕の身体や心の状態を考えても
すぐに正社員に復帰することは
荷が重すぎたのかもしれないと考え、
契約社員でもいいから働きたいと伝えました。

マネージャーからは、
「正社員の採用が決まるまでの
 間でいいから働いて欲しい」

と言ってくれて
無事に次の職場が決まりました。

短期間で仕事を辞めたということが
どうしても他者からはマイナスに
受け取ってしまうところを
そのマネージャーに経緯を話すと、

「辛かったね。ここではそんな思い絶対に
 させないからあなたの好きに仕事してごらん」

と言ってくれました。

今思うと、本当に当時の
マネージャーさんには頭が上がらないし、
恩人だと思っています。

短期間で仕事を辞めても、うつ病でも
仕事は見つけることができるということ、

マイナスなことがあったって
仕事を見つけることはできると感じた瞬間でした。

人生のどん底からでも這い上がれる

僕は、うつ病になって
社会人になったのに仕事が
できない状態に苛立ちを覚えていました。

そして、僕は今どん底に
いるんだと勝手に思っていました。

しかし、こうして人との関係を
大事にして来たからこそ、

人生のどん底だからこそ
できる仕事もあるということを
身に沁みて感じました。

僕は、営業経験もほとんどないし、
社会人になって2ヶ月で仕事を一度
辞めているという事実は
拭っても拭いきれません。

でも、今も仕事をしています。

 

どん底に立たされて
どうしたらいいのか分からなくなって
ただ立ち尽くしていても、
どんなに辛い状況でも
人は温かいモノだと感じました。

僕にとってうつ病は、
現在も完治していません。

しかし、うつ病になったからこそ
見ることができた景色もあったし、

こうやって記事をかけるようになったことも、
全て自分の経験になっています。

アパレルで働いた後に正社員で
一度会社に勤めましたが、

うつ病がぶり返してしまい
半年で辞めてしまっています。

でも今、仕事はあるんです。

だからこそ、今どん底に立たされていると
感じている方に伝えたいことは、

「人生は何度でも這い上がることができる」

ということ。

こんなに身体が弱くて心も弱くて
自分には取り柄なんてないと思っていても、

そこにはちゃんと自分の足で歩んできた
人生の経験を活かせる仕事があるということを
知ってもらいたくて、僕のうつ病になった
経緯や仕事観について書かせてもらっています。

まとめ

・毎日職場に向かう度に嗚咽していた
・下痢と嘔吐が止まらなくなった
・ついにベッドから起き上がれなくなった
・今の環境から逃げることを選択した
・仕事はいくらでも見つかる
・人生のどん底からでも這い上がれる

僕の社会人デビューは壮絶なものとなったけど、
今となってはそれがいい経験をしたと感じています。

僕は辛くて辛くてベッドから
起き上がれなくなってしまったことも、
うつ病に悩まされ苦しんでいることも
全て今の仕事に活かされています。

こうして書くことで
うつ病に悩んでいる方だったり、
今会社に行きたくないと感じている
あなたには、まだ十分に可能性があるんです。

その可能性を、選択肢を自分の中で
狭めてしまっては勿体無いと僕は断言できます。

僕が身を以て経験したから。

だからこそ、仕事で悩んでいる人や
苦しんでいる人は一度身を引いて
自分自身を見つめ直す時間も必要だよと伝えたいです。

その時間がものすごく
今後の人生に役立つからです。

人の痛みを知っているからこそ、
相手に優しくできると僕は考えています。

自分が痛い思いをした分、
これから先に出会う人や後輩、
部下にこんな思いをさせたくないと思っています。

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