こんにちは、ロジャーです
今回は俺がうつ病全盛期だったころ、
とにかく毎日毎日死にた過ぎて、遺書をかいたら
まだまだやり残したことがありすぎて死ねなかったという話です
そして、結論から言っちゃうと、
「自分の本当の欲求を諦めちゃいけない」
ってことに気づかされたということを話していきます
今でこそ、自分でビジネスをやって生活しながら
元気モリモリで楽しく生きていますが、
うつ病全盛期だったころの俺は、本当に腐っていたし、
超しんどかったです。
今回は、
その俺が苦しんだ思い出と
実際に俺が書いた遺書、
そして、どう乗り越えたのか?
について話していきたいと思います。
なぜ、うつ病になったのか。
うつ病になったきっかけは、身内の死です。
身内が亡くなった時に会社で働き続けることに違和感を持ち始めて、
それから会社での理不尽な毎日、やりがいのない仕事に対して、
このままこの先、何十年とずっとこんなことを続けるのか?
ずっとそんな不満を抱きながら働いているうちに
どんどん自分が壊れ始めて、うつ病になってしまいました
夜、寝付けなくて、結局、徹夜で仕事に向かったり
会社に行く途中で、酷い頭痛に襲われて休んだり
上司に怒られた直後に吐き気とまらなくって、
トイレにこもって胃液でるまで吐き続けたり、
月曜会社に行くのが恐怖すぎて、仮病つかってサボったり…
とにかくもう悲惨な状態。
身内の死のことや、俺がうつ病になった経緯は
こちらのレポートにまとめてあります↓
地獄で、もがき続ける日々
で、当たり前ですが、
どうにかして、この地獄生活から抜け出したい
という気持ちはずっとありました。
会社を辞めたい。
こういう時には、
一般的に考えれば、転職という選択肢になると思います
実際、俺も転職を考えました。
複数の転職サイトに登録したり、
転職をサポートしてくれるエージェントサービスに登録したりもしました
で、色々と求人を見たわけですが
全然、ピンと来ない!!!!
俺は自動車メーカーでクルマの開発をやっていたのですが、
エンジニアが向いていないのかなと思って、
今とはまったく違う、営業職について調べてみたり、
毎日、会社に通勤しなきゃいけないのがダメなのかなと思って
在宅勤務OKの求人を見てみたり、
慣れ親しんだ地元に帰って就職先を探した方がいいのかと思って
地元企業について調べてみたりもしました。
だけど、俺が辿り着いた結論は
転職なんてただのギャンブルっていうこと
結局、転職できたとしても
今と同じことを繰り返すかもしれない
自動車メーカーなんて、世間から見れば超ホワイト企業だ。
学生のころは、自動車メーカーに就職できたら、
もう人生安泰じゃん!!とまで思っていました。
でも入ってみたら地獄だった。
だから結局、外から見ただけじゃわからないし、
せっかく転職したのに同じ地獄を味わうなんて絶対嫌だ。
そう考えた俺は、転職する気にはなれなかった。
で、そのときの俺には
自分の力で稼いで生きていくという考えもなかったのです。
だから、お先真っ暗!!!!
何をしていいのかもわからず、ただただ地獄をさまよう毎日
明日が来るのが怖い…
ヤバイヤバイヤバイ!!!
もう嫌だ、会社行きたくない、何もしたくない、無理だ…
こうして、何をしていいのかもわからず追い込まれていった俺は、
次第に「死んでしまおうかな」という感情が湧いてきてしまうのです
今では考えられないですが(笑)
とりあえず、
人に迷惑をかけて死ぬのだけは嫌だったから
どうにか、迷惑をかけずに死ぬ方法をググってみたり、
Siriに「死にたい」って話しかけてみたり、色んなことをしました(笑)
そんな病みまくり状態の俺がとった行動の中で
今でも、無駄ではなかったなと思うことが一つあります
遺書
病んでいた時に俺がやったこと、
それは「遺書を書いてみる」です。
まさか26歳にして遺書を書くとは思いませんでしたが、
そのときの俺はそれほど追い詰められていました(笑)
で、どんなことを書いたかと言うとこんな感じです
紙に書いたんですが、色々とボロボロなので文字に起こしておきます
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
母さんへ
ごめん、疲れた、死のうと思う。傷つけるのはわかってる
これからずっと苦しませるのもわかっているけど
もう限界だから、ごめんなさい
本当はもっと親孝行したかった
色んな物を買ってあげたかったし、旅行にもつれていきたかった
そのために勉強して努力して、大学も卒業して今の会社に入った
でもその努力も無駄だった、もう疲れてしまった
だからごめんなさい、今までありがとう
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
父さんへ
ダメだったよ
父さんが喜んでくれると思って今の会社に入ったけどダメだった
もう会社には行きたくない、どうでもよくなった、ごめんなさい
今まで迷惑しかかけなかったと思う、反抗もしたし、
でもこれが最後のわがままです、ごめんなさい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
友人たちへ
俺は死ぬことにしました
今まで遊んでくれてありがとう
本当はもっとみんなと遊びたかった
飲みに行きたかった、旅行にも行きたかった
もっともっと楽しいことたくさんやりたかった
でも、もう疲れてしまいました
みんなのこと応援してます、今までありがとう
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
という感じです。
今、見ると
何を書いてんだ俺はwwww
と思ってしまいますが、
うつ病になるとホントにこんな感じになっちゃうんですよ。
冗談抜きで、
ホントにホントにホントに、辛かった。
遺書を書いていた時は、
とにかく涙が止まらなかったです。
こうやって遺書を書くまでは、
全然生きることに執着していなかったし、
もうどうにでもなれって思ってました。
それなのに、何故か涙が止まらなかったのです。
自分の人生なんてどうでもいい。
早く終われ!!って思っていたのに、
なんで俺は、泣いているんだ?
と、冷静になる自分。
この時の俺にとって、遺書を書いたことが
冷静に自分を見つめ直すきっかけになったんですね。
自分の人生を客観視しているような、
ゲームで主人公を操っているような感覚です。
あー俺にはまだ、
こんなにもやり残したことがあるのか
と、自然と思い直すことが出来たわけです。
この極限の精神状態から絞り出した、やり残したこと。
これが俺の本当の、本気の、気持ちだったんだってことに気づかされました
だから、もう死んでやる!!!ってつもりで遺書を書いたけど
結果的には、
俺にはまだまだ、やらなきゃいけないことがあるのに
こんなことで死んでいいのか…????
とほんの少し前向きな気持ちが蘇ってきたのです。
そしてこの、ほんの少しの前向きな気持ちが今の自分へと繋がっています
それに、建前とか世間体とか関係なしの、純粋な自分の欲求を知ることもできました
遺書に書いたことで言えば
俺、親孝行したかったんだなあ、とか
もっと友達と遊んだり、旅行したかったんだ、とかです
毎日、憂鬱な会社生活のせいで
気づかぬうちに自分の欲求を押し殺していたんですよね
本当は時間を気にせず旅行に行きたいけど、
お金もないし、仕事もあるし、無理だな、諦めよう…とか
親孝行でなんか買ってあげたいけどお金ないし、諦めよう…とか
そんな感じに、諦めていることばかりでした。
でもそれは、会社で働いて給料をもらうことしか
お金を稼ぐ方法がないと思い込んでいたからこその諦めです。
毎月決められた給料をもらって、
週7日のうち5日は仕事で終わる。
何年、何十年という時間をかけて
やっと給料があがったとしても結局、使う時間がない。
そんなんつまらん。
嫌だ。嫌だ。絶対に嫌だ。
俺の人生は、こんなもんじゃねえ。
もっと出来ることがあるんじゃないのか?
こんなところで逃げて、死んで終わらせるわけにはいかない。
そう考えた俺は
死ぬという選択を捨てました。
そして、遺書を書いて気づかされた、
本当に自分がやりたいことを叶えるために
新しい選択を取りました。
新しい選択をした俺の
続きの物語はこちらから読めます。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓
めっちゃ極端ですが
自分の欲求を考えるのは
今から死ぬから遺言を書く、という気持ちで
明確になるのがわかりました
その欲求を叶えるために
がんばったロジャーさんはすごいと思います