タピオカブームは何回目?日本に広まった歴史と人気の理由を徹底考察!

 

こんにちは、ロジャーです

今回は読者さんのお話をシェアします。

 

今回のテーマは、

ここ最近、
定期的にブームが訪れるタピオカです。

 

こういう身近にあるものでも
歴史を辿ると結構、面白いですね〜

 

タピオカっていう商売自体がテンプレ化していて
ビジネス的観点から見ても、
始めやすい事業なんでしょうね。

俺がタピオカ屋やるんだったら
テンプレ化したタピオカビジネスを
ぶっ壊して、風穴を開けてやりてえ。

って感じですけどね

 

では、ここからは読者さんのお話です。

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日本でのタピオカ
(タピオカティー)の歴史を見てみましょう。

※以後、日本でのタピオカティーを
 「タピオカ」と呼称します。

 

タピオカが日本に上陸したのは、1990年代後半のことです。
ちょうど平成が始まるくらいに、タピオカ伝説も幕を開けました。

 

90年代の第一次タピオカブーム

そもそも90年代後半は、
若者たちの間で空前の台湾旅行ブームきていました。

 

このころ日本はバブル経済の絶頂期で、
若者たちもみんな旅行にディスコ(クラブ)にお立ち台にと、
イケイケの時代だったようです。

(ほんっとに羨ましい限りですね。札束でタクシー止めてみたいわ!!!)

 

当時経済が潤っていたため、
海外旅行の敷居がとても低くなっていました。

 

特に台湾は距離も近いうえに、
親日国で日本人が旅行しやすいということもあり、
若い女性だけでも旅行しやすかったのでしょう。

 

若い女性が台湾に旅行して、
真っ先に食いついたのはスイーツです。

 

そう、彼女たちは
タピオカティーをこぞって飲んだのでした。

日本にはない新感覚のドリンクにみんな魅了されます。

日本に帰国してから、口々に
「まじタピオカやばい」と宣伝したことでしょう。

 

旅行客の宣伝効果が、台湾への人気にさらに火を付け、
日本に台湾ブームが訪れたのでした。

台湾で経済が回せる!!と睨んだ大人たちは、

快可立 (Quickly) やEasyWayといった
台湾飲食チェーン店を日本に進出させました。

 

これによって、
日本でもタピオカが飲めるようになり、
タピオカブームが到来したのです。

 

1990年後半から2000年初期にかけての
タピオカブームを第一次タピオカブームと呼びます。

 

2008年~2010年の第二次タピオカブーム


2008年からのブームは、
コンビニでタピオカミルクティーが
販売されるようになってから起きています。

 

2002年に、丸大食品の子会社である
安曇野食品工房が

「珍珠奶茶(別名Q-PON、今はタピオカミルクティー)」
を発売しました。

これが下地となって、
日本の企業もタピオカを作り始めます。

 

現在、大人気店となっている
パールレディも日本に自社工場を持つ国産企業です。

 

2008年~2010年頃から学園祭で
タピオカを見るようになりました。

言われてみれば、と思いませんか?

 

安曇野食品工房が皮切りとなって、
乾燥タピオカを日本の食品卸売業者が
流通させ始めたことが要因だと考えられます。

 

一般流通が始まったことも、
タピオカブームの火付け役となったようです。

 

90年代後半に進出した
快可立 (Quickly) やEasyWayが
全国的に定着してきたことも、
ブームを後押ししているのでしょう。

 

また、2013年に台湾の春水堂が
海外一号店を東京にオープンさせました。

 

2010年頃は、春水堂以外にも、
海外企業が日本に続々と進出してきた時期です。

 

しかし、第1次のような爆発力はなく、
「タピオカ」を日本に定着させたのみに留まってしまいました。

 

2018年~2019年の第三次タピオカブーム

 

第一次以来の熱狂を見せるのが、
現在のタピオカブームです。

このブームは第3次タピオカブームと呼ばれています。

2013年に、東京にオープンした春水堂が
2018年になって爆発的な人気を見せました。

 

今や春水堂以外にも、
「THE ALLEY」「Gong Cha」「パールレディ」など
多くの人気タピオカ専門店が、東京に軒を連ねているのです

東京の町を歩けば、至る所で
タピオカを持った若い女性を見ることができます。

 

タピオカを飲むためだけに、
東京へ行く人もいるほどで、タピオカ店をはしごする
「タピ巡り」なるものも行われているそうです。

さらに、タピオカを飲む=「タピる」
という造語もあるようで、

タピオカを飲むことは単なる摂食行動ではなく、
何か特別な行動のような感じさえあります。

それだけ、第3次ブームは若者の間で
強烈かつ特別なムーブメントになっているのです!

 

なんでこんなに「タピオカ」は人気なんだ?

さて、タピオカはどのようなものか、
タピオカが持つ歴史が分かった所で、
何故タピオカはここまで
日本で人気なのかについて考えていきましょう。

観光の文化輸入と第一次タピオカブーム

旅行客が、文化を持ち込む現象を
観光の文化輸入と言います。

 

第1次ブームの原因は若者の間での台湾人気の高さと、
旅行客による文化の輸入が起こったためでした。

 

正に、観光の文化輸入が起きたのです。
台湾への旅行客がタピオカに注目したことで、
旅行業界が興味を示し、それに釣られて食品業界、
貿易業界、広告業界などなど、

連鎖反応的に多くの人たちが
「タピオカ文化」興味を示しました。

 

そして生産者である彼らが、
タピオカに関連する商品やサービスを生み出し、
日本の「タピオカ」文化が形作られ、
大衆が文化を受け取ることで文化の輸入が完結するのです。

 

しかし、爆発的なブームが起きたのは
新しい文化が持ち込まれたから、
というだけではありません。

文化を受け入れる人々にも、
爆発的ブームを巻き起こす要因が隠されているのです。

第一次タピオカブームの中心

 

第一次タピオカブームの中心になっていたのは、
10代~20代の若者たちです。

この中でも特に、若い女性がブームの中心にいました。

彼女たちは、高い情報発信能力を持っています。
基本的に集団で行動するため、
情報がネズミ算式に広まっていくのです。

 

加えて、90年代後半から2000年初頭にかけて、
情報通信技術が花開き始めます。

ポケベルの登場、携帯電話の小型化、
インターネットの誕生など、
文化を広めるツールが次々と生まれていきました。

 

若者世代の特徴として、
新技術への柔軟性があります。

 

第一次タピオカブームの中心にいた
若者集団も例外ではないでしょう。

 

そんな彼らが、
広めたことで爆発的なブームとなりえたのです。

 

さらに付け加えると、90年代後半の若者は、
今よりずっと経済に対する影響力がありました。

端的に言えば、
経済を潤すことが出来る程、お金持ちだったのです。

第三次タピオカブームはなぜ起きた?

90年代後半は世界的に見て、
各国が世界に目を向けだした時期でもあります。

どこの国もこぞって、
経済の相手を外国にしだしたのです。

 

そのような国際情勢の中で、
新しい文化が各国を行き来するのは当然のことといえます。

 

経済活動に際して、
人や物が世界中を飛び交う光景が
よく見られるようになったのです。

 

加えて情報技術の発達も
文化の普及に一役買ったことはまちがいありません。

では、第三次タピオカブームはなぜ起きたのでしょう?

 

現在の日本は、
90年代後半のような状況ではありません。

第二次タピオカブームの段階でタピオカは、
日本人の間ではスタンダードな飲み物になっていました。

 

目新しさは無いはずです。

 

おまけに、ブームの中心になるはずの
若者はあまり消費活動をしません。

 

この、“若者の消費しなさ”が経済を
滞らせているのでは、と問題視される程です。

考えれば考えるほど、
タピオカブームの理由が混迷しますが

考察してみましょう。

SNSとの相性の良さ

第一に考えられるのは、
やはりSNSとの相性の良さでしょう。

 

第一次ブームから同じことが言えますが、
タピオカは見た目がとてもキャッチーなのです。

 

カエルの卵のような
つぶつぶがカラフルになっていたり、

飲み物がカラフルだったり、
とにかく見た目のインパクトが余るほどあります。

 

このキャッチーさに相性がいいのが、
ここ数年で、隆盛を極めているSNSです。

第三次ブームの今では、
特にインスタとの相性が抜群によく、
見た目がユニークなものが多いので写真映えします。

つまるところ、“インスタ映え”するのです。

 

インスタ映えを狙うために
タピオカを購入する人も多いことでしょう。

 

インスタ映えの何が目的か、
というとSNS上で人から注目されることです。

言い換えると、
承認欲求を満たすために購入するのです。

 

この承認欲求のために購入する、という行動は
第三次ブームを支える大事な要素の一つなのではないかと思います。

承認欲求を手軽に満たせる魔法のつぶつぶ

タピオカブーム以前に、
近年は空前のSNSブームです。

ブームというよりも、
時代の流れという方が正しいかもしれませんね

若者の活躍の場は経済活動の中心から、
SNSへと完全に移行しています。

 

みんな、物質的な豊かさより、
承認欲求を満たして心を豊かにしたいのです。

 

だからこぞってSNSに自分の状況を報告しあい、
誰かに自分のことを認めてもらいたがっています。

 

認めてもらうためには、
人が“いいね!”と思うことをして、

“いいね!”をもらわなければなりません。

 

見た目がキャッチーなタピオカは、
簡単に人を惹きつけることが出来ます。

 

人を惹きつけるとは、すなわち人に
“良い”と思わせることです。

 

それ故に、タピオカを買って
SNSに投稿して”いいね!”を稼ぎ
承認欲求を満たそうとするのでしょう。

最近では、タピオカの人気の高さゆえに、
ここは浦安にある夢の国かな?と思う程の行列が
できることが当然となってきました。

 

しかし、行列がまた価値を高めるのです。

 

行列ができるほど、みんなが注目している
商品を手に入れることで、
自己と他者との集団化を図ることが出来ます。

 

承認欲求も集団化も、
他者から自分を認めてもらいたい、
という感情が引き起こすのです。

 

現代の若者は、
他人との距離感が掴めなくなっている
と言われています。

SNSは近くにいるような錯覚を
引き起こすだけで、
実際には近くに誰かは存在しないのです。

 

タピオカ一つで、
心の隙間が埋められるのであれば、
こぞって買い求める気持ちも分かるような気がします。

 

消費の仕方がSNS基準になった

2013年以降、若者の消費は
SNSを基準に行われるようになりました。

 

先ほども述べたように近年SNSが広く浸透し、
もはや生活とは切り離せないものとなったのです。

 

加えて、2000年にバブル景気が終了して以降、
日本は不景気に陥っています。

 

メディアでは経済は回復傾向にあるといいますが、
民間レベルで景気の良さを体感することはありません。

 

長い不景気の中で育った若者は、
モノを消費するのではなく、

コト(物事)を消費する方向に
経済活動の指針が向いているようです。

コトを消費するというのは、
何かを買うという行動そのものや、
大勢でパーティーを催すことそのものをするために、
お金を使うことを指します。

 

SNSへ投稿するために
タピオカを購入することが、それに該当するのです。

SNSはコトを消費するのに
うってつけなツールと言えます。

SNSは誰かと繋がるために存在し、
コトを消費することで誰かと繋がりやすくなるのです。

 

消費活動によって話のネタができ、
SNSでネタを披露できる、とも考えられますね。

 

つまり、タピオカを買うのは
SNSに投稿するための話のネタを買っている、
とも捉えることができるのです。

 

タピオカに限らず、昨今の若者の
消費活動の目的はネタ作りのためと言えるでしょう。

なんと、タピオカは、手軽に
SNSへのネタを作ることができる、

SNS用のコンテンツだったのです!

 

タピオカはヒットした理由は、
SNSと密接な関係を築くことが
できたからだと考えられます。

タピオカの人気を文化論的に考察してみた

さて、タピオカ人気を現代文化論という、
現代の文化とはいかなるものか的なことを考える
学問に沿って考察していきます。

この現代文化論は、
漫画・アニメ・映画・ファッションなど
現代のポップカルチャーの本質は何なのかを
追及するための考え方です。

 

私は、タピオカの人気の理由には、
タピオカという商品自体が一文化として
考えられるほど広く知れ渡った存在に
なったのではないか、と考えています。

タピオカは若者文化として確立した文化である

タピオカは文化として確立されていると考えられます。
文化って、そんなに大きな話なのかと思うかもしれません。

しかし、文化の定義と、
今のタピオカ事情を検証すると、
十分に文化といってもいいほどの規模にまで、
タピオカは現象じみてきているのです。

ちなみに、文化の定義については、こちら。

文化(ぶんか、ラテン語: cultura)には
いくつかの定義が存在するが、総じていうと
人間が社会の成員として獲得する振る舞いの
複合された総体のことである。

社会組織(年齢別グループ、地域社会、血縁組織などを含む)
ごとに固有の文化があるとされ、
組織の成員になるということは、
その文化を身につける(身体化)ということでもある。

引用:Wikipedia/文化【https://ja.wikipedia.org/wik】

 

うーん…よくわからんですね!

ざっくりと説明するならば、
何人か集まって同じ行動をしていれば、
その行動は文化と言えるのです。

 

それに当てはめると、
タピオカは立派な文化と言えます。

元々、台湾からの食文化として
伝播してきたものですから、
現在日本で流行している
タピオカも文化の一環であることが分かります。

 

食文化としてやってきた、タピオカですが、
日本でブームになるに際して“食”以外の行動が付与されて、
“食”ではない“文化”へと発展しました。

 

第一次、二次の時は
食文化の域を出なかったことでしょう。

 

しかし、第三次タピオカブームの段階では
SNSに投稿する、もって東京を歩くこと、
総じて「タピる」と言われている行動が、
文化となりつつあると十分に考えられるのです。

 

そんな大げさな、と思うかもしれません。
けれども、そう考えるに値するほど
タピオカは若者と密接に関係しているのです。

サブカルチャーとタピオカ文化の関係

タピオカ文化は、
サブカルチャーに属するものだと考えられます。

サブカルっていうと、某遊べる本屋とか、
ヘッドホン付けたマッシュヘアの
女のことかのことでしょ?っていう声が聞こえます。

 

確かに、某遊べる本屋も、
ヘッドホンマッシュヘア女子もサブカル系です。

 

彼らの印象は、どことなくニッチで
万人受けするものではない感じがするのではないでしょうか。

 

サブカル系とは正反対な人たちが、
好んでいるタピオカも、実はサブカル系なのです。

サブカルチャーというのは、
簡単に説明すると一部の人たちが
中心として担う文化のことを指します。

地方文化・若者文化がそれです。

 

サブカルチャー(英: subculture)とは、
メインカルチャーの逆の概念の事である。

かつては、大学で学問、研究対象にならない、
新聞、雑誌などで論評の対象にならなかった、
社会の支配的な文化の中で異なった行動をし、
独自の信条を持つ人々の独特な文化である。

「サブカル」と略されることが多い。

引用:Wikipedia/サブカルチャー【https://ja.wikipedia.org/wiki/】

 

タピオカも、人気とはいえブームを
席巻しているのは10代~20代の若い女性です。

もっと限定するなら、
東京近郊に住む人々でしょう。

 

文化になるほど広く認知されているタピオカですが、
文化の担い手となっているのは、
若者という限られた人々だけなのです。

 

タピオカは見た目や味などの特性から、
男性や中高年の男女には
受け入れがたいものとされています。

実際、タピっているのは
10代~20代の女性がほとんどですよね。

この限られた担い手、というのが
サブカルチャーに属される重要な要素なのです。

 

某遊べる本屋や、サブカル系と称される人々は、
社会全体で見たら数は多くはありません。

 

人気はあっても、
文化を支える担い手が少ない、
狭い文化がサブカルチャーになることができます。

この、サブカルチャーの状態というのが、
一番人々が熱狂している状態といえるでしょう。

 

担い手が多くなるほど、
大衆化され文化の濃度は下がってしまいます。

 

大衆化するということは経済が絡んできます。
文化を維持するために、その文化に属する物を
多く広め続けなければならなくなるのです。

 

物が多くばらまかれると、
その物のレアリティは下がるし、
大勢に受け入れられなければいけないので、
物自体の品質が変化してしまうこともあります。

 

そうなると、
最初に指示していた人は去っていきます。

好きなインディーズバンドが
メジャーデビューすると同時に、
曲調もバンドの方向性も変化してしまうのと同じです。

古参のファンからしたら
これほど萎えることはないですよね。

 

 

タピオカ文化もサブカルだから、
これほど人気が出ているのです。

 

今が一番、
文化としての純度が高く勢いもあります。

 

これがメジャーになってしまったら、
これほどの人気は得られないでしょう。

 

下手に、男性や中高年世代を取り込もうとせず、
特定の世代に特化したことで
爆発的な人気を得ることができたのです。

 

しかし、文化は常に変化する流動的なものであり、
ずっとこのままということはありません。

 

タピオカ文化も、今の状態から変化し、
また新たな文化として
生まれ変わる日もいずれ来ることでしょう。

東京のアイコンと化したタピオカ文化

町ごとに印象や特色ってありますよね。
京都であれば、風光明媚で古き良き古都の印象、
名古屋は西と東が混ざって雑多だけど賑やかな印象、
横浜はレトロモダンでお洒落な印象などなど。これは、

その土地に根付く文化が、街の特色に反映されているのです。

 

さて、東京はどうでしょうか。
東京は、人と物が集まる中心地です。

そのような場では、
時代ごとに文化が移り変わるので、
そのたびに街の色合いも色とりどりに変化します。

90年代は、好景気により時代だけでなく、
文化も煌びやかで華やかなものでした。

 

それに応じて街の印象も、札束の飛び交う
絢爛豪華な街という印象が強かったと思われます。

 

その後バブル経済が崩壊すると、
華やかさは鳴りを潜め、落ち着きを見せ始めます。

 

時代が流れて2010年頃になると、SNSが台頭し始め、
若者たちはSNSありきの消費活動を活発に行い始めます。

 

SNSありきの消費活動とは、
先にも話した“コトの消費”簡単に言うと、
SNS用の写真のために物を買ったり、
SNSに映えるようなイベントに参加したり、
SNS用のネタを買い求めたのです。

 

経済活動は、バブル崩壊直後のような
停滞感は薄れたかもしれませんが、

文化と経済の中心にいる若者には、
お金が回ってこないのが現状です。

 

そのため、若者が受け入れるのは、
手の届く価格で見栄えのいい
お洒落なものが多くなりました。

 

カフェランチとか、パンケーキとか、
わたあめとか、最近流行したものは
いずれも見た目に全振りです。

 

写真映えする、
すなわち“フォトジェニック”というのが、
最近の若者文化のキーワードです。

 

これに応じて、東京の町の印象も、
話題にとんだフォトジェニックな街と
印象付けられたように思います。

 

この印象は、
まんまタピオカの印象と結びつきます。

 

タピオカも話題性に富み、完全に
フォトジェニックを狙った特徴を持っているのです。

 

街の印象と合致したことで、
アイコン化が図られたのだと考えられます。

 

東京=タピオカの図式が、
人々の中に出来たのです。

 

「東京に来たから
 とりあえずタピオカ飲もう。」

という感じに
タピオカ片手に街めぐり!

そんな印象が
ブームによって作られました。

 

各時代の文化によって、
その街の印象は変化しますが、
その街のアイコンとなるような
商品ももちろん変化します。

 

タピオカが大ヒットした裏には、現在の
「話題性とフォトジェニックの街東京」に商品特性が
ぴったりと合致したことが隠されているのでしょう。

 

タピオカ人気を文化的に考察した結果、
以下のことが言えます。

 

  • タピオカは食文化を超え、
    一つの若者文化として確立した。
  • サブカルチャーに属している。
  • 街のアイコンとなった。

これを総括すると、タピオカ人気は、
タピオカがサブカルチャー的若者文化に
なったことが理由だと推断できます。

タピオカはもはやただの食べ物ではなく、
文化という一つの事象にまで成長したのです!

 

新元号の予想で、
「タピオカ」が挙げられていたのを覚えているでしょうか。

 

タピオカ人気を考察した結果、
「ネタだ」と一笑に付すことが出来失くなってしまいました。

 

元号「タピオカ」はあながち間違いではなかったのです。
昨今の経済活動の行動基盤にあるのは、
”SNS”と“フォトジェニック”です。

 

情報通信技術はこれから先、
どんどん進歩していくことでしょう。

 

それに応じてSNSも進化していくことは明らかです。

 

また、再び物質を大量消費するような
バブリーな時代が訪れることは予想しにくいでしょう。

 

これからも経済活動の根底には、
物を消費せずコトを消費する考え方が、
人々の間を流れ続けて行くことが推測され、
フォトジェニックを重要視する流れは続いていきます。

そんなタピオカに
適した時代がこれから先も続くのです。

これはタピオカ時代が来ている、
と言っても過言ではありません。

 

それ故に元号「タピオカ」は的を得ていると、私は考えます。
私は、新元号「タピオカ」では
おかしくない説をここに提唱します。

タピオカが人気の理由等ですが、
これはあくまで私の見解なので、

「いやいやいやいや、他にも理由ありまっせ!」
と思われる方もいらっしゃることでしょう。

 

なので、ここは気軽に、
「ふ~んそんな見方もあるのね。」
と思って下されば幸いです。

最後にくそヘタレなことを言って締めるのも、
情けない話ですが一応書かせていただきます。
人それぞれ、思うことは多々あるでしょう。

この記事を見て、みなさんが
タピオカや文化について考える切っ掛けになったらうれしいな。

 

東京を歩いてみて分かったこと

 

タピオカのみならず、
東京では様々な生まれ、栄枯盛衰を繰り返しています。

少し前に流行った、レインボーわたあめや
原宿ドックは現在どうなっているのか、
原宿を散策して調べてみました。

また、かつてのヒット商品から、
東京での流行に必要な要素が分かるのではないでしょうか。

 

さて、せっかく東京に出てきたということで、
昨年フォトジェニックのアイテムとして人気だった、
原宿のレインボーなわたあめのお店も覗いてみました。

行ったのが平日ということもあってか、
人が全盛期程はいませんでした。

気温が熱くなってくることも相まって、
タピオカのほうに人気が傾いているのではないかと思います。

わたあめの場合、
食べ歩くことが商品の性質上難しいです。

しかもレインボーわたあめは、半端なくでかい。

これで人込みは歩くことは出来ません。
商品の利便性も、流行を狙うことには
欠かせない要素であることがよく分かりました。

 

一時話題になった
原宿ドック(チーズドック)も覗いてみました!

 

こちらもそこまで人は並んでおらず、
すぐに購入できそうな感じです。

暑さにやられてチーズドックは
今回、食べることは見送ってしまいました。

チーズドックも食べたことがないので、次こそは実食せねば!!
こちらも、食べ歩きは困難な形状をしています。

 

やはり、昨今のヒット商品に欠かせないのは、
片手で持ち歩けることなのでしょう。

かつてのヒット商品を見て、
東京で商品を流行させるには、
人込みでも食べやすいこと、
持ち運びが楽なことが重要だと分かりました。

 

なぜ、食べ歩きできることが重要なのかというと、
これらが一食の代替品として用いられるからだと考えられます。

 

東京で食事をするには、少し時間がかかります。

 

人が多い分、並んだり提供待ちをしたりと、
一食にありつくまでにどうしても時間を要するのです。

待つぐらいなら、片手間で食事をして、
街を散策したほうが効率がいいと言えます。

 

そのような理由から、
食べ歩きできる商品が支持されるのでしょう。

実際に歩いてみることで、
いかに東京が人と文化に溢れているのがが実感できました。

 

秩序だっているようで、
カオスな東京に多くの人が惹かれるのがよくわかります。

 

歩いているだけで楽しいのです。

 

少し周りを見回せば、
面白いものが目に飛び込んできます。

 

少し大通りを外れた路地には、
隠れ家的なお店が何件も隠れているのです。

 

至る所で工事や開店準備が行われ、
きっと明日には街の様子は変化しているのでしょう。

 

東京は一日として全く同じ日はないのだ
ということを、体験させられる街です。

 

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